2006年06月27日

数学に対する偏見は国益を損ないます

 ややこしい話ばっかりだとつまらないので,ちょっと今日は趣を変えてみよう。

(Jun/13/06 朝日新聞社説より引用開始)
【数学の力 先細りさせないために】
 「忘れられた科学」と題されたシンポジウムが開かれた。何かと思えば,数学である。
 エレベーターの制御から通信,暗号,さらには金融まで社会のあらゆる分野で,数学は重要な役割を果たしている。すべての科学の基礎でもある。政府がめざす「科学技術創造立国」の基盤だ。
 ところが,その基盤の層が薄く,研究実績にもかげりが見えてきたというのだ。このままでは先細りになって,本当に忘れられてしまいかねない。
 数学はこれまで日本の得意な分野だった。純粋数学では世界的な学者が輩出し,数学界で最高の賞であるフィールズ賞は小平邦彦,広中平祐,森重文の3氏が受賞した。受賞者は全員で45人だから,欧米に引けを取らなかった。
 しかし,文部科学省の科学技術政策研究所によると,日本の数学の研究論文数は00年に中国に抜かれ,今や世界第6位である。科学の全分野では米国に次ぐ2位だから,数学は活発とはいえない。
 とりわけ,統計学などの応用分野が弱い。数学的な方法をさまざまな分野に生かすことに立ち遅れているのだ。
 同研究所のアンケートでは,バイオや新材料,情報通信などの研究者の多くが「研究チームに数学の素養を持つ人がほしい」と訴えている。そうした人が欧米のライバルチームにはいるので,差がついてしまうということのようだ。
 企業からも「数学の専門家が少なく,将来が心配だ」という声が出ている。たとえば,半導体メーカーでは,回路の設計から誤差を精密にコントロールする製造現場まで,数学が欠かせない。
 医療の世界でも,治療法の効果を調べる大規模な臨床試験では,統計学が必要だ。日本は,医療統計学と呼ばれる分野の研究者が欧米より格段に少なく,日本の医療の弱みとなっている。
 社会や企業で数学を求める声が大きくなるのとは裏腹に,この数年,科学研究費全体の中で,数学の占める割合は小さくなっている。目に見える成果を求めて重点的に投資するやり方に,地味な数学ははじき飛ばされてしまった。この間に米国やドイツは数学の研究予算を増やして強化を図っている。
 数学の理論は,何十年もたってから応用の道が開ける場合も多い。木の幹にあたる基礎的な研究をしっかりと育てる必要がある。同時に,さまざまな応用分野へ枝を伸ばす数学者を育てることも大切だ。
 数学者はこれまで自分の専門に閉じこもりがちだった。生物学や工学などの他の分野に目を向け,積極的に進出した方がいい。それが数学そのものを鍛えることにもなる。数学者があちこちで活躍できることも見せてもらいたい。
 数学の力や魅力が社会に伝われば,算数を好きになる子供たちも増えるだろう。それは長い目で見れば,数学のすそ野を大きく広げ,人材を厚くすることにつながる。
(引用終了)

 理学部数学科で確率論を専攻していた僕から言わせれば「ようやく数学の重要性がわかったかね」。数学科の教授たちにも責任はありますが,これまで社会的に数学という学問について偏見がきつすぎましたね。僕も当時,大学外の先輩に「そんな役に立たないものを勉強してどうするの?」と言われた事を思い出します。内心では「大事な事(本質)がわかっちゃいないねえ」と思っていましたが,まあほとんどの人の数学観はこのようなものでした。おそらくこんな社説が出るぐらいだから今もあんまり変わらないんでしょうけど。中学・高校で必修で学ぶ「受験数学」と大学からの「純粋数学」を同じに考えている人が大半ですから,無理もない話です。

 詳しく言うと,「受験数学」で点が採れなくて”数学という科目”に興味を失った人達が,「純粋数学」の重要性や神秘性に気付かないまま大人になっちゃっている人が多いということです。かく言う僕は「受験数学」が大好きでその延長として「純粋数学」も好きになった口ですが,一方で「受験数学」で点を採れた人が大学で「純粋数学」に触れて,あまりの理論の厳格さや数学界の閉鎖性に辟易したという人も理系の人間でたくさんいます。

 誤解しないでいただきたいのは,それがイケナイと言いたいわけではないということ。数学界の閉鎖性は僕自身が感じていたので至極ごもっともであり,それについては単純に純粋数学(大学で学ぶ数学)の素晴らしさをアピールできなかった数学界の力不足こそ批判されるべきことでしょう。かえって,科学技術の最先端を引っ張っていらっしゃる現場の科学者が,数学の上澄みの部分(証明済みの定理)を上手に応用させて,世界に誇れる日本の技術を確立したということは非常に素晴らしい事だと思います。

 しかし,やはり残念なのは,こうして応用分野のみが先行して,その応用技術を支える基礎となる純粋数学の衰退が目立つということです。世界に誇る科学技術の振興こそが日本の国益であり,日本が独立国として残っていくには欠かせないものだと僕は思っていますが,基礎のない上澄みだけの技術では早晩行き詰まることが予想されます。基礎部分をおろそかにしては朝日の社説のとおり他国に後れを取る事だって今後ありうることです。なんとかせねばなりません。

 どうすれば良いかについては,てっとり早い方法があります。数学科の教授やら大学院生に,技術系企業やエリート高校や各種シンクタンクなどへ研究成果の発表を定期的にさせれば良い。企業などからもらう評価に応じて研究費予算が決定されるようになれば,研究にも身が入ります。学会の閉鎖性も改善されるし,地味だったり変人だったりする教授たちも社交性が出てくるでしょう。

 もちろん実用につながる研究なんてわずかしかないでしょうし,そんなに簡単に研究成果が理論として大成するわけではないので,企業らの側からしてもらう評価の方法は考えねばなりません。その研究の「本質」は何なのか?その本質はイノベーションを誘発し得るのか?現在企業らが研究している分野に応用ないしヒントを与えるような理論なのか?そのようなわずかな可能性を見抜けるかどうか(そもそも的外れということもありうる)は企業らの問題となりますが,5社ほどで研究発表すれば何かと得るものはお互いにあるとは思います。

 象牙の塔に引きこもりがちな社交性のない学者も「国益」について考えねばならない良いきっかけになるでしょう。そもそもヘンな学者が多い(実際に理学部数学科にいた人間の言葉です)のも事実なので,積極的に殻を破って飛び出さざるを得ない環境に置かせるのは一番手っ取り早い方法だと思います。ま,中には,変人であるがゆえに世紀の大発見大研究を成し遂げる人達もいるにはいますがね・・・。
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2006年06月13日

「愛」のない説教を垂れる愛国心論者について

 日本経済に関する2日前の社説を採り上げるのは全くタイムリーではないのですが,本質の部分について書いておいた方がいいかなと思ったので,以下に書き留めておこう。

(Jun/11/06 産経新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【株価下落 好況に気が緩んでないか】

  • 東京株式市場の日経平均株価が1万5000円を割り込んだ。
  • まず,強調しておきたいのは,現在日本の実体経済に大きな不安材料は,ほとんど見当たらない点だ。
  • にもかかわらず,米金融当局者の発言や原油価格,インフレ懸念,景気減速不安などが,そのつど材料とされ,株価は下げ続けている。
  • 世界的な低金利で,余ったお金が株式に向かっていた環境が変わったのは確かである。
  • 日本には,こうした“マネーの流れ”に加え,ライブドア,大手監査法人,村上ファンドなどの不正が相次いで発覚し,一般投資家が「やはり株式市場は不公正」との警戒感を抱いたことも見逃してはならない。
  • これに小泉純一郎首相の任期切れを前に,改革推進力が衰えてきているとの見方が加わった。
  • これまでの株式市場の活況は改革期待に負うところが大きかっただけに,改革が失速しないか,という投資家の不安心理が醸成されているのだ。
  • 株価が下げ止まらぬようでは景気に悪影響を及ぼす。投資家の不安感を助長する要因の払拭(ふっしょく)が急務なのだ。
  • 7日には,証券取引の透明性向上をめざす金融商品取引法が成立した。同法の活用も含め,市場の信頼回復は最優先課題だ。
  • 好景気に気を緩めるようでは,市場に足をすくわれかねない。
(引用終了)

 ではどうすれば市場の信頼が回復できるのか,ぜひ産経新聞の意見を聞きたいところです。産経新聞の社説は「主張」と銘打っていますが,この社説には具体的な主張が全くありませんから。
 行間を読めば,改革推進力をさらに強化せよということなのでしょうかね。でも,道路公団や郵政の民営化とか医療制度改悪などを,政府の発表通り「改革」だと産経は考えているのなら,「国益」についてもう一度しっかり考えた方がいいですね。大多数の日本人の生活が良くなる方向に変えて行くのが「改革」であり「日本の国益」だと僕は思うんですけど。

 資本主義の現在の枠組みで進んでいる以上,一部の人間に富が集中すること自体は悪い事ではありませんが,公僕たる政治家,官僚,彼らのOBなどの生活が優遇され,富の集中が進むいう事は許されません。許されないからこそ,国富を一般国民へ再分配させる本当の「改革」が必要なのであって,それ以外の改革というのはありえないと思います。共産主義体制で腐敗がなくなるはずがない中国を批判したいのであればなおさらです。

 ちょっと長くなりますが参考記事を全文引用しよう。

(Jun/09/06 ゲンダイネットより引用開始)
【官僚の海外留学に日当1万円】
 役人天国ぶりが,また明らかになった。
 国土交通省のキャリア官僚が平成16年5月に会計検査院に提出した書類には用務・コーネル大学留学のため,滞在費・9,600円×365日=3,504,000円と書かれてある。
 これはキャリア官僚が官費留学した際に支払われる“日当”の請求書なのだ。官費留学に日当が出るというのは初耳。国会で質問した民主党の前田雄吉議員が言う。
「留学中も月々の給料はきちんと国から支払われている。にもかかわらず別途“お手当”がつくのです。もちろん渡航費,学費は別に支払われる。だから驚きです」
 厚遇はまだある。同じく国交省の官僚が平成16年4月に,京都から新任地の東京に向かった旅費には扶養親族移転料という項目で,<一二才以上 1人 鉄道費13650円 日当1733円,六才以上,一二才未満 1人 鉄道費6820円 日当866円>とある。
 旅費以外になぜ手当が付いているのか?
「谷垣財務大臣は国会でこう答弁しました。留学中の日当については“海外留学中は何かとお金がかかるので,もろもろの諸経費にあててもらっている”そうです。妻子の日当は“昼食費にあててもらっている”と答えていました。こんなお手盛り手当は民間企業ではあり得ません」(前田議員)
 最近の若手官僚は官費留学でMBAを取得した後に民間企業に転出するケースが多い。これって「盗人に追い銭」じゃないのか。
 税金を上げる前に省くべきムダはたくさんある。
(引用終了)

 要するに,こういうお手盛りを排除させる方向に世論を強力に導かない限り,大上段で社説で吠えてみたところで何も変わりません。記事のような「愛国心」のないバカ官僚を追い出すことは産経新聞としても自らが考える「国益」にかなうわけですし,どんどんバッシングするべきです。もちろん,矛先は力のある政治家にも向けるべきときは向けなければなりません。

(Apr/15/06 MSN毎日インタラクティブより引用開始)
【家賃二重計上:小泉首相の2団体,1400万円使途不明に】
 小泉純一郎首相が関係する二つの政治団体が同じ事務所を使いながら,05年の政治資金収支報告書に,家賃などの事務所費を別々に記載していたことが分かった。同収支報告書は3月末に神奈川県選挙管理委員会が受理し,情報公開請求で毎日新聞が入手した。03,04年の収支報告書にも同様の記載をしており,これで3年連続計約1400万円が使途不明のままとなる。(略)
 このビルに選挙区支部などの表示はあるが,同志会の表示はない。複数の関係者によると同志会は「(01年の)首相就任後はほとんど活動していない」と話している。
 総務省によると,事務所費は家賃が中心で,電話代,切手代などが含まれる。政治資金規正法は政治活動に関する1件5万円以上の支出に領収書の提出を義務づけているが,家賃などは領収書添付が不要で,「事務所費」として収支報告書に総額を記載すればよく,細目は分からない。
 首相の事務所,選挙区支部,同志会は今月,毎日新聞の取材に連名の文書で「法令に基づいて報告すべき事項は適切に報告を行っている」と答えるにとどまっている。(略)
(引用終了)

 この程度のことは政治家なら誰でもやっている,と思う人がほとんでしょう。でも,それだったら「誰でもやっている」秘書給与の流用について辻元やらマキコやらだけが問題になったのはあまりにも不平等ですね。微罪をつっつけとは言いませんが,対応は統一しないと,賢い国民が見ればアホくさいだけでなく,こういう国を愛せと言われる子供たちが可哀想になるものです。

 産経新聞には本当の「改革」とはどういうものか,”日本の”国益をどのように考えているのかについて何度も何度も考えて欲しいものです。
 もっと言えば,社説にある「まず,強調しておきたいのは,現在日本の実体経済に大きな不安材料は,ほとんど見当たらない点だ」という文について,もっと謙虚に検証して欲しいものです。読者にさんざん「愛国心」について高説を宣うのであれば,東京本社の人間にこの程度の「愛」のない文章を書かせるのはやめておくべきですね。底が知れますから。
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2006年04月09日

早ければ良いというのは間違いよ 英語教育は出口が肝心

 明日から四国のお遍路巡りに出かけますので更新できません,と最初にお知らせしておきます。

 さて,今日は小学生に英語を習わせるべきかどうかという問題についての日経の社説を採り上げます。これは人それぞれ考えがあることでしょう。僕の考えもちょいちょい述べていきます。

(Apr/07/06 日本経済新聞社説より引用開始)
【小学校英語教育を前向きに考えよう】
 小学校で英語を必修科目にすべきかどうか議論が活発になってきた。文部科学相の諮問機関である中央教育審議会の外国語専門部会は先月末,必修化に賛成する報告をまとめた。日本が国際化時代を生き抜いていくために英語教育の充実は避けて通れない。小学校での必修化を前向きに考えるべきである。
(引用中断)

 日経はこのとおり,小学生から英語を学ぶということについて積極的です。ただし,このパラグラフには首をかしげざるをえない箇所があります。「日本が国際化時代を生き抜いていくために英語教育の充実は避けて通れない」という一文がありますが,これをいかに考えるか。

 僕の持論を述べますと,何も小学生の頃から「生き抜く」ことを目的にした教育を積極的に進めるべきではありません。目的が不毛です。こんな理由で英語教育が正当化されるのなら,「生き抜く」ために殺人ゲームを繰り返してさせるべきだし,「生き抜く」ために友人を騙す事を奨励すべきです。これは極論のようですが,本質は同じです。小学生に「生き抜く」ことを考えさせなければならないほど,世界で孤立しているわけではありません。どこまでもアメリカにシッポを振って世界で孤立したいと考えているのならこのような社説を出せば合格点がとれるのかもしれませんがね。

 日本人の全員が英語をしゃべる必要なんてないし,真の国際化とは日本語の国際化も含まれるわけで,何も宗主国の言語を不磨の大典のように扱う事ではありません。まして,日本語教育の充実を述べる前に異国の言語を小学生に強いるなど,ますます日本人の「日本離れ」「自虐史観」を助長させる事にしかなりません。日経は日本人の弱体化はまだまだ不十分だと言っているのでしょうか。

(引用再開)
 小学校の英語教育はすでに約9割の学校で実施されている。平均月1―2回,総合学習の時間などを使い英語で歌ったりゲームをしたり,簡単なあいさつを教えている。専門部会はこれを小学校高学年で週1回程度に授業数を増やし,必修にするよう提言した。
(引用中断)

 へえ。英語の歌を歌ってゲームをしたら「生き残れる」のかいな?

(引用再開)
 戦後の英語教育は大失敗に終わった。長い間習っても大多数の人には使い物にならないというのが悲しい現状だ。その反省に立てば小学校から英語に親しむ環境を整えることは一つの選択肢となる。
(引用中断)

 違う。学校で習ったあとに,社会が英語を使う機会をコンスタントに提供しなかった(あるいは自発的に求めなかった)のが原因です。じゃあ,お尋ねしよう。中学校で習った「ピタゴラスの定理」について数学的な証明をせよ。なぜ太陽は東から昇るのか理由を述べよ。モルワイデ図法とメルカトル図法の長所と短所をそれぞれ述べよ。即答できるかい?テストに出るから一度は覚えても,その後に使わなければどんな科目だって,せっかく覚えたものでも使い物になりません。小学校から英語を習っても,大半の人間が中学校なり高校を卒業したら英語を使う機会はめったにないでしょう。本質は同じです。問題は始める時期じゃない。コンスタントに使わせる機会を奪っていることが「長い間習っても大多数の人には使い物にならない」問題の本質なのです。

(引用再開)
 だが,必修化にあたっては様々な課題がある。
 第一は国語力との関係である。国際的にも日本の子供たちの国語の読解力の落ち込みが明らかになっている時に英語を持ち込めば,ますます国語力が落ち,思考能力そのものも弱まるとの懸念がある。
 確かに国語力の低下は問題である。しかし,英語と国語を対立する概念でとらえる必要はない。専門部会報告が指摘するように,英語教育を広い意味でのコミュニケーション能力を高める教育の一環として位置づけ,国語教育と英語教育を結び付ける工夫は可能だろう。
 それに週1時間程度の授業で国語力に支障が出るとも思えない。
(引用中断)

 全然ピント外れですね。敬語すらまともにしゃべれない子供たちに高度なコミュニケーション能力を求めるなんて,木に依りて魚を求めるが如し。社会に出たら英語しか使ってはいけないというような,戦前の朝鮮人のような(彼らにとっては日本語でしたが)制約があるのならまだしも,会社員になるほとんどの人間にとっては英語よりも敬語の勉強の方を優先させるべきでしょう。
 僕に言わせれば「週1時間程度の授業で英語力に効果が現れるとは思えない」。百人一首のカルタでもさせた方がよっぽど良い影響を与えることができると,僕なら自信を持って言えますね。

(引用再開)
 教える人材の確保も大きな課題である。英語の音に慣れさせるためには外国人による授業が望ましい。それによって外国人から直接その国の文化や地理について勉強するなど様々な付随効果も期待できよう。
 だが全授業を外国人が担当する必要はない。全国約2万3000の小学校に外国人を確保するには膨大な費用がかかる。限られた予算の中でも地域の住民のボランティアの活用など工夫の余地はある。インターネット,ビデオ,CDなどの教材を活用する道もある。
(引用中断)

 だ・か・ら?日本の47都道府県の位置も県庁所在地もスラスラ言えない子供たちによその国の文化や地理を教えてどうするの?順番が違うでしょう。自分の住んでいる県の特徴も歴史も知らない人がほとんどなんですよ,我が国の住民というのは。買いかぶってもらっては困りますよ。小学校から英語を勉強したい人は自費で英語教室に通ってお勉強したら良いだけの話です。

(引用再開)
 小学校で必修化する場合,成績をつける課目にするかどうかという問題がある。小学校から英語嫌いを増やさないためにも成績をつけない教育でよいだろう。
 英語教育の改善は小学校での必修化で終わる話ではない。使える英語をめざし,中学校,高校での見直しも進めなければならない。
(引用終了)
 
 僕が学校の先生なら,成績をつけなくて良いのだったら百人一首のカルタをさせますね。英語をやったことにして,ね。
 使える英語なんて,実際に使う場面を繰り返し繰り返し経験させないと身に付きませんよ。中学校・高校ではきちんとした文法を習わせるべきです。そのバックボーンがあってこその使える英語です。スラングまじりで文法むちゃくちゃの英語がしゃべれても,それは国際化などではなくって,単なる英語という他国語の冒涜でしかありません。これってものすごく失礼なことですよ。失礼な日本人は増やすべきではないと僕は思うんですけどねえ。
posted by 時をかける僧侶 at 23:03| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(1) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

世界一読まれる社説がこのレベル 何必死こいて読者騙すの

 約1ヶ月前のネタになりますが,読売の社説を紹介します。

(Mar/09/06 読売新聞社説より引用開始)
[国の資産売却]「財政再建の切り札にはならない」
 国の資産を売却すれば,財政再建が一気に進むかのような幻想を振りまいてはならない。
 自民党の財政改革研究会(会長・中川秀直政調会長)が,国が持つ資産の売却を急ぐ方針を打ち出した。中川政調会長は資産総額の6割は売却できると語っている。
 だが,それは無理な話だ。資産には国に不可欠な施設が含まれており,総額の6割など,売却できるわけがない。資産売却が財政再建の切り札にならないことは明白である。
(引用中断)

 すごい。読売もやっとまともなことを書くようになりました。ここまで読んで,僕はそう思いました。でもこのあとちょっと変な方向に逝きます。

(引用再開)
 国有資産を売りさばき,売却益で財政赤字を減らす。その結果,近い将来予想される消費税率の引き上げ幅を抑制し,引き上げ時期も先送りできる。中川政調会長はかねてからそう主張している。
 財務省によると,国の資産総額は696兆円に上る。一方,国と地方を合わせた長期債務は,来年度末で775兆円と見込まれる。資産がすべて処分できれば長期債務の大半が消える計算だ。だが,それは絵に描いた餅(もち)とすら言えない。
(引用中断)

 中川の経済音痴ぶりを指摘するとは,読売もなかなか腕を上げたなあ。でも,待てよ。何も中川は696兆円全部売り払って借金を返すとは言ってないぞ。読売・・・暴走開始ですか?

(引用再開)
 資産のうち,貸付金は290兆円あるが,大半は財投債など,長期債務に計上されない借金で調達されたものだ。80兆円の外貨資産も,政府短期証券による借金を原資とする。貸付金の回収や外貨の売却で得た資金を返済に充てても,長期債務の削減にはつながらない。
(引用中断)

 中川が「長期」債務の削減ができると言ったか言ってないかは未確認ですが,長期だろうが短期だろうが債務を減らすのは僕は悪い事だとは思いません。むしろ金利上昇局面なんだから償還が来る国債の借換えとか運転資金的な短期債務を返済するのは悪くないと思います。金利が上がって(目先で)困るのは,償還を迎えた借金の借換えの時に予算を越えてしまう金利での借り入れにならざるをえなくなるときですから,5〜10年先に償還を迎える長期債務の心配なんてしなくてもいい。その間は固定金利のクーポンだけ払ってたらいいんだから。ま,借換え債の額が来年から130兆円を超えてくるから,額の大きさという意味で心配はしないといけないんだけどね。

 80兆円の外貨資産についてはもっと解説が欲しいですね。日銀法では長期国債の引受は禁止されているけど短期証券の引受はOKっていう理屈で日銀に引受けさせているやつでしょう?ようするに中身はアメリカ国債でしょ?これ売っちゃえばいいんじゃないの?

(引用再開)
 131兆円の公共用財産は,道路,港湾,河川などで売却は不可能だ。その他の不動産も多くが庁舎,防衛施設などに使われており,売れる物件は少ない。
(引用中断)

 中川は道路とか川とか防衛施設まで売れって言ってたのか?それだったら読売が怒るのは当然ですね。原文未確認の僕がギャアギャア言うのも何ですけど。

(引用再開)
(略)研究会は資産売却の候補として,まず国家公務員宿舎を挙げた。東京都心の宿舎などを視察し,今後の売却基準を明らかにした。
 都心の宿舎は,近隣の民間物件よりも家賃が破格に安く,国民の批判を浴びている。一等地の豪華物件はもちろん,売却を急ぐべきだ。だが,宿舎の大半を処分するのは行き過ぎではないか。
 民間でも転勤者用に社宅を用意している企業は多い。公務員宿舎もある程度は必要だ。研究会の視察は“官僚たたき”に便乗したパフォーマンスに見える。
 仮に宿舎が高値で売れたとしても,巨額な国と地方の長期債務に対して,焼け石に水でしかない。
 財政再建の王道は,歳出削減と消費税率引き上げなどによる税収の拡大だ。責任政党として王道を歩むことが自民党の役割であるはずだ。
(引用終了)

 民間の社宅うんぬん以外に公務員宿舎がある程度必要だとする論理的な理由が読売の社説には書かれていません。“官僚たたき”を逆手にとって非論理的な役人擁護を語るのはセンスのなさが露呈しています。借上げのマンションなりアパートなりで済ませられない理由は何なのか,僕はそれが知りたいです。民間だって例えば上場企業だったら,社宅などという1円も収益を生まない資産を持っていたら株主からおしかりを受けるから,確実に費用化できる「借上げ」への移行を進めてるでしょう?行き過ぎでも何でもない,至極全うな提案だと僕は思うけどなあ。

 しかも「巨額な国と地方の長期債務に対して,焼け石に水でしかない」なんて書いちゃだめ。歳出削減って言っても予算は86兆円からどれだけ減らせると思ってるんでしょうね。せいぜい数兆円程度でしょう。消費税引上げだって,上げすぎたら消費が急減して不況に逆戻りするでしょう。食糧・エネルギーなどの生活必需品の消費税まで上げたら地獄ですよ。前エントリで書いた通り二極化が進んでるんだから。生活保護を受けている人からも消費税をむしりとるっていうのは憲法13条に違反しまっせ。消費税は嗜好品税化して,例えばレクサスには20%の消費税とか,ヴィトンのバッグには30%だとかの形にしないと,全くの逆効果になりますよ。
 こう考えたらこれらの「王道」にしたって焼け石に水ですよ,額だけで考えたらね。そうじゃなくって,お役人の理不尽な特権をまず見直す目的で可能な範囲で資産売却してからでないと,「王道」のはずの消費税引上げなり歳出削減なりは国民の支持は受けられませんよっていう書き方にしないと。読売の社説はホントに浅いなあ。
posted by 時をかける僧侶 at 22:37| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

伝えるべきことを伝えるのが基本 隠さず書いてよあれやれこれやら

 ライブドア事件で最後の鉄槌が下ろされました。一区切りついたので(上場廃止が決定したので)僕の意見をまとめておきたいところですが,まとまった時間がとれないので,今日は社説を一つとりあげてコメントをつけるに留めます。

(Mar/15/06 産経新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【ライブドア事件 市場の番人は意識改革を】

  • 東京地検特捜部は,ライブドア前社長の堀江貴文容疑者はじめ旧経営陣ら五人を証券取引法違反で起訴・追起訴した。地検には事件の全容解明に向けた徹底捜査を望みたい。
  • ライブドア事件は多すぎる法の抜け穴,違反者への軽い罰則,利益追求だけで経営監視の役割を果たせなかった多くの株主の責任など,市場が抱えるさまざまな問題をあぶりだし,関係者に対応を迫った。
  • 政府は不正防止策を強めた金融商品取引法案を国会に提出した。問題になった投資事業組合への監督を強化し,不公正取引や有価証券報告書虚偽記載などは「懲役十年以下,または罰金一千万円以下」と現行の二倍にした。
  • 株主責任もライブドアの上場廃止決定というかたちで問われた。
  • その一方で事件で露呈した東京証券取引所,証券取引等監視委員会,公認会計士など「市場や企業の番人」の無力さは払拭(ふっしょく)されていない。
  • 東証はライブドア株の上場廃止の決断が遅すぎた。約二カ月間も同社株を標的とした投機的なマネーゲームを放置してしまった。
  • 同様に適法か違法かにこだわり,初動が遅れた監視委には,これからは「フェアかアンフェアか」という公正性を重視してもらいたい。
  • 公認会計士の関与も捜査が進められている。粉飾された決算書に適正意見を出した責任は厳しく問われるべきだ。
  • 「ルール,罰則」の問題は前進が図られた。だが,その守護者である「審判団」が意識改革し,強く,正しくならなければ市場の健全性は担保されず,参加者の暴走は防げない。
(引用終了)

 細かな点では「?」という部分がないではないですが,まずまずの正論だと思います。本当はもっと触れないといけない部分もあるんですけどね。グループのフジテレビがホリエモンを持ち上げすぎて間接的に株高の原因を作ってしまったのは申し訳なかったとか,そんな殊勝な事を書いてくれると,もっともっと産経新聞が好きになるんですけどね(^^)。

 さて,個別内容を見ていきます。
 投資事業組合への監督強化は当然必要ですが,それなら今の段階で株主に投資事業組合が出てくる上場企業全てを監査すべきであり,ライブドアだけをとっちめてオシマイにするのは全く公正ではありません。東証の対応の遅さを居丈高に批判するのであれば,すぐにでも産経新聞が自らそれを提案すべきでしょう。投資事業組合を使っているのはライブドアだけじゃないんだから。

 「上場廃止されたから株主責任は果たされた」というくだりはちょっとひっかかります。書きたい事はなんとなくわかるんですけど,別に上場廃止だからと言ってライブドアの株主が消滅するのではないわけで。自由に株を売買することができなくなっただけなのですが,外資ファンドなり村上ファンドのような私募ファンドがライブドア株をどんどん買い漁っている状況には注意しておくべきでしょう。たった50数億円の帳簿の付け替えだけなのに,マスコミがこぞってライブドアバッシングをするもんだから7000億円(だっけ?)の時価総額が消滅して,適性水準をはるかに下回った株価でライブドア株を取得している勢力がいることをお忘れなく。

 東証がマネーゲームを放置したのは罪ですが,こうでもしないとハゲタカファンドに株を買ってもらえなかったんだから仕方がないでしょう。・・・って書く根拠はないんですけど,こういう見方も持っておいた方がいいですね。新聞の情報だけが正しいと信じていたら,いつの間にか終戦を迎えることになりますから(^^)。

 冗談はここまでにして,公認会計士の関与の問題について言えば,これもずうっと前から指摘されていた問題。企業側が監査法人を選ぶという力関係が存在している限りは,今後もこのような事件がなくなることはないでしょう。法律で監査法人協会でも作って,上場企業から売上に応じた金額を毎年徴収する形で運営できれば,少なくとも力関係によるお手盛り監査なんかはなくなるでしょう。個々の会計事務所は中小企業とか第三セクターとかを専門的に監査する機関に限ってしまえば廃業しないといけないってこともないでしょうし。とにかく,今のルールのままじゃあいずれ同じような事件は再発することは間違いありません。

 細かい点に踏み込んだ社説ではないので総論としては正論。あとは細かい点で産経新聞独自の論説をどこかに載せてもらいたいものです。僕も自戒を込めて書きますが,批判するだけじゃあ万年野党とかブラックジャーナリズムと同じ。実現可能な対案を示して,それに反対する人達=既得権保持者をあぶり出して広く国民の賛否の声を聞く。そういうスマートな流れをマスメディアには大きく望みます。・・・ま,官邸に支配された今の大マスコミには全く期待していませんがね。
posted by 時をかける僧侶 at 16:05| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

異常事態長く続けば真実が どこにあるのかわからないもの

 先週半ばに量的緩和が解除され,その翌日には各紙が一斉に社説を載せていました。でも,やっぱりおかしい(と思う)のが東京新聞。どうも僕とは思想が合わないのかな?東京新聞は他のトピックスなら同調できる意見は多いんですけど,なぜか経済政策については同調できません。

(Mar/10/06 東京新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【量的緩和解除 市場の安定に全力を】

  • 日銀が量的緩和を解除した。景気に悪影響が出ないか懸念は残る。当面はゼロ金利を続ける必要がある。
  • 肝心の物価は最近の消費者物価指数がわずかな上昇傾向を示す一方,国内総生産(GDP)デフレーターは下落幅を拡大している。原油高騰という一時的要因もあり,総じてみると,残念ながら,デフレを完全に克服したとはいえない。
  • 目的を達成する前に,政策転換に踏み切った今回の解除は,やはり「前のめり」の印象を免れない。小泉純一郎首相はじめ,政府が繰り返し「慎重な判断」を求めていたのを振り切って解除した以上,日本経済に対する日銀の責任は,従来にも増して重くなった。
  • 解除とともに,日銀は中長期的な物価安定の水準を0−2%と数値で示した。事実上の物価安定目標を導入した,と評価できる。
  • 懸念されるのは,金融市場の動向だ。量的緩和の下,日銀がゼロ金利で供給してきたマネーは,日本だけでなく,海外投資家を通じて米国の株式や債券にも投資されてきた。
  • 巨額の経常赤字を抱えた米国が長く好況を維持できたのも,日銀の緩和政策が一つの支柱になっている。政策転換をきっかけに,日本からの投資マネーが急速に細れば,米国経済に変調をきたしかねない。
  • もう一つの懸念は,日本の財政再建への悪影響である。長期金利が急騰するようだと,累積した債務の利払い費が増加する。
  • 財政再建は一層,困難になって,近い将来の増税という重い宿題が企業と家計にのしかかってしまう。長期金利が乱高下しないように,日銀はこれまで以上に「市場との対話」に意を尽くしてほしい。
(引用終了)

 東京新聞の主張はこう。「デフレが抜けきれていなのに量的緩和を解除したら長期金利が上ってしまうし,アメリカにカネが流れにくくなってアメリカ経済にも悪影響を及ぼす。日銀が物価安定目標を示したのは評価するが,これからの日本経済が悪くなったら日銀の責任だ。小泉首相に逆らったんだから。」

 ま,最後の一文はちょっと意地悪だとしても,明らかに抜けている視点があります。いや,どうしても矛盾が発生するのにそれを隠したくて,大事な事を伝えずになんとか読者を騙してきりぬけようという悪意すら感じられます。では大事な事とは何か。前々エントリにもちょっぴり触れたように「量的緩和政策は異常な政策である。もしくは,異常な状況において,あくまで一時的にとられうる政策である。」という点です。

 日銀が市場にジャブジャブ資金を放出して金融機関の資金繰りに保証を与えただとか,貸出増加を促しただとか,巷間いろいろその効用は説かれていますが,結局のところ「一時的」にしか認めるべきでない政策を5年も続けたのにもかかわらず,それに対する検証はまだまだ足りません。意地悪な僕が見れば,ジャブジャブのカネで銀行は株や債券を買って相場を盛り上げ(外人も円キャリートレードで参戦),大企業を中心とした「景気」は好調で,以前まで不良債権とされてきた債権が不良ではなくなったことで銀行収益は過去最高に達している現状は,明らかに量的緩和の負の部分が大きくなってきていると感じざるをえません。量的緩和が銀行を助けるための策だったのなら,もう必要ないでしょう?

 一方で,デフレのくせに値上げが続いた銀行手数料を支払いながら,150兆円とも言われる得べかりし金利収入を奪われた家計部門は,量的緩和の恩恵なんてほとんど受けていません。銀行に行けばペイオフが解禁されてあぶれた資金は変額保険とかボッタクリ投信とか外貨預金に誘導されて高額手数料を分捕られ,相場が上がっても大して儲かっていない現状に不満を抱きながら,トヨタの利益を上回る銀行の利益発表を「何かおかしくないか?」と思いながら横目で見ているのが現状です。それなのに東京新聞は量的緩和は必要だと言い,解除されてダメな状況が出てきたら日銀が悪いと言う。

 そして頭が悪いことに,量的緩和はアメリカ経済を支えているので容易に解除したらダメ,みたいなことを書いています。自国の国民をいじめて他国の国民を富ます政策であるとはっきり書いてどうすんのよ。東京新聞だけは「国益」とは日本の国益のことだと考えている新聞だと思っていたのに,完全な思い違いですね。産経新聞を読んでるのかなと思うぐらいアメリカ思い。なんじゃそりゃ。

 本当に量的緩和を続けなければいけない理由って何なの?GDPデフレータがマイナスだから(今日の発表で下方修正されました)というのは全く理由にはならないね。あれだけジャブジャブにしたのにデフレータがマイナスってことは,全く予期した通りに資金が流れていないってこと。そういう事実に目をつぶって量的緩和を続けても相変わらず銀行が儲かるだけですよ。金融危機が去った今,量的緩和しなきゃいけない理由なんてないはず。それとも長期金利の暴落が怖いから緩和を続けろってか?

 これも無理な話。景気が回復しても金利が上がらないようにすることなんてね。ただでさえ郵政民営化で日本の国債が叩き売られることが決まっているのに,ジャブジャブの資金で国債を買い支えろなんて株式会社に言えるわけなんでしょ?背任行為で株主に訴えられまっせ。

 東京新聞は「量的緩和は異常な政策」であるという点をしっかり認識した方がいいですね。そうでなきゃ,誰の立場を代弁しているのかっていう,いらぬ嫌疑をかけられますよ。
posted by 時をかける僧侶 at 00:00| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

ポチ保守もここまでくると見苦しい 産経新聞しっかりしろよ

 産経新聞のコラム「正論」に違和感を覚えたので,ちょっぴり思うところを書いておこう。

(Feb/20/06 産経新聞【正論】より引用開始)
【繰り返してならぬ日米同盟の危機 日本もリスクと犠牲負う覚悟を】
拓殖大学海外事情研究所所長・森本敏

(略)日本は,いまだ戦後の占領政策の負の遺産と,主権を失った状況下で作られた憲法の制約要因を払拭(ふっしょく)できないでいる。アジアでは確実に中国が台頭し,この勢いが続くとは思えないが,少なくとも軍事的な脅威が周辺に波及することだけは免れえない。日本は日米同盟をより緊密化して,米国のアジア戦略を相互補完する役割を果たす以外に,東アジアで国家の安定を効率的に追及する方法はない。しかし,その日米同盟関係は今,静かな危機を迎えつつある。
(引用中断)

 産経に寄稿する人たちはどうしてこうも中国人が嫌いなんでしょうねえ。「主権を失った状況下で作られた」日米同盟関係は払拭しなくてもいいんですかね?中共が日本に対していろいろ悪さをしたら怒るくせに,アメリカにいろいろ悪さされても日米同盟関係を維持するために泣き寝入りしているのが現実でしょう?アメリカには屈服しても仕方ないと思っているようですが,狡猾さにおいてはどっちもどっちです。アメリカを信用するのは表面だけで十分。

(引用再開)
(略)今,国際社会の最も深刻な懸念は,イランの核開発問題であり,中間選挙を控えた米国にとっても最優先課題だ。それはNPT(核拡散防止条約)体制の危機であると同時にイスラエルの国家安全保障上の問題であり,イランが核兵器をイスラム過激派テロリストに手交する潜在的可能性があるという問題もある。
 イランの核開発は,確信犯的で容易に解決できそうにないが,世界第二位の石油・天然ガス埋蔵量を有するイランは,国際社会の対応に高をくくっているところがある。国連安保理ですぐに制裁決議が通るとは考え難いが,石油価格がさらに高騰すれば世界経済に与える影響は甚大である。
(引用中断)

 いやいや,もうイラン攻撃は決まってるんだって。あとアメリカは世論を誘導するためにいくつか事件を起こせば準備完了という時期に来ているんですよ。イラクの時だって理由そっちのけで(しかもウソがばれた)攻撃したことを忘れちゃいけない。ビンラディンがイラクと無関係でも,大量破壊兵器がなくっても,後付けの理由なんてウソでもいいんですよ。攻撃して破壊していいなりになる民主国家(笑)を作れれば。だいたい,国連の決定を無視してイラクに攻め込んだ国が,NPT体制を守れなんて偉そうに言う権利なんてないでしょうが。・・・っていうのが本当の「正論」だぞ。わかったかい?「正論」の名の下に国民をだましちゃいかんよ。

 イラン攻撃ということになれば石油価格は高騰するでしょう。でもアメリカが基軸通貨ドルを守るにはこれ以外に仕方がない。攻撃せずにユーロ体制への移行を指をくわえて見ていてはアメリカは双子の赤字で破産しますから。

(引用再開)
日本はイランから原油輸入総量の15%ほどを輸入している。また,アザデガン油田開発にもかかわっている。そうした日本が,米国からはどのように見えるか真剣に再考すべきであり,過去の同盟危機を繰り返すべきでない。
(引用中断)

 要するにアメリカの機嫌を損ねないように,今のうちにイランとは手を切っておけということね。で?15%もの石油輸入はどこでカバーせいと言うの?足下見られた状況でロシアから輸入するってか?それともアメリカにお願いしてイラクから回してもらえってか?

(引用再開)
日本はイラクやインド洋に自衛隊を派遣して対テロ戦争を直接・間接に支援してきたが,それを今年,撤退させることが,米国だけでなく国際社会からどう見えるかも考えるべきである。
 米国が日本の撤退を歓迎するはずはなく,イラク新政権も同様であろう。イラクにおける自衛隊の貢献と実績が姿を消してしまうのはあまりに惜しい。イラク南部に日本としての人道・復興支援センターを設置して足跡を残すことを考慮すべきである。
(引用中断)

「正論」じゃなくて「本音」を書くなよ。自衛隊派遣の表向きの目的は「対テロ戦争を直接・間接に支援」するためじゃないだろう。こんなのモロに憲法違反でしょうが。しかも「足跡を残す」ために人道・復興支援センターというハコモノを作れときたか。じゃあまた防衛庁に談合でもさせますか(笑)。ちなみに今日の夕刊によれば撤退してもいいよとお墨付きをもらったみたいですよ。

(引用再開)
さて,米軍再編問題をめぐる協議が三月の最終報告に向けて続けられており,日米同盟協力を強化するための役割分担は順調に進んでいる。
 しかし,基地問題について米国側は,実質的協議は中間報告で決着しており,後は日本側の実行あるのみとの態度である。しかし,日本側の実施状況はあまりにお粗末だ。地元はこぞって反対し,沖縄への説得は条件闘争にもならない。施設庁問題も尾を引いて進展せず,米国側の失望は大きい。
(引用中断)

 だ・か・ら?米国の失望がそんなに怖いのか?何でもアメリカの言うことを聞いておけってか?怒らせないように怒られないように事前に意向を忖度して優等生しなきゃいけないってか?もうアメリカ国債買ってやんないぞっていうバーター交渉をしろとなぜ提案しないの?悪いのは日本,いけないのは日本,ダメなのは日本。産経新聞ってこういう戦後の日本の姿勢を批判していたんじゃなかったの?

(引用再開)
日中関係,日韓関係も靖国問題があって停滞気味だ。米国は日本側の対応に迷惑しているという態度であり,中国は米国に盛んに擦り寄っている。米国は国連安保理問題も日本の要望には乗れないという気持ちが強い。牛肉輸入問題も米国の対応にも問題はあったとはいえ,日本側のやり方に米国社会は納得していない。結局,日米関係でうまくいっているものは何もない。
(引用中断)

 ああ,もう。やっぱり日本が悪いんですか。牛肉問題も日本が悪いと。

(引用再開)
こうした問題が起こるのは国家の安全保障・外交・防衛政策が総合的に調整されていないからだ。この解決には安全保障・外交・防衛諮問会議を設置して,戦略的見地から政策を立案・調整することが求められる。
(引用中断)

 んで,その議長にはジャパンハンドラーズの一員が就くと。そうなれば日本の国益よりもアメリカの国益を優先する政策が出されるのは明らかですが,産経新聞はいつものように勇ましく「国益」を主張できるかな?

(引用再開)
同盟関係は,双方がリスクと犠牲を負いつつ,共通の利益を追求するのでなければならない。このまま事態が推移すると,米国は同盟強化について日本側の意欲と実行を疑うようになりかねない。それこそ同盟の危機である。この事態を切り抜けるのは政治の責任であり,その責任は大きい。
(引用終了)

 要するにアメリカが日本に提供してくださっているリスクと犠牲に日本は何も応えていないのはけしからんと,そう言いたいのだな?思いやり予算は?基地の治外法権は?CIAのスパイ容認は?

 いいようにアメリカにやられましょうよ,なんていうボケた主張を「正論」だとするなら,産経新聞,頭悪すぎるよ・・・。

 ちなみにこのエントリを書くにあたって,北野幸伯『ボロボロになった覇権国家』風雲舎を参考にしました。国際関係を理解するには欠かせない一冊ですね。↓
posted by 時をかける僧侶 at 18:18| 兵庫 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

神戸にも空港ようやくできるってさ 恥さらす前にやめりゃいいのに

 いよいよ明日,神戸空港が開港します。全く期待していませんが,読売と東京が社説を載せてましたので軽く紹介してコメントをつけておきます。

(Feb/15/06 読売新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
[神戸空港開港]「滑走路の過剰をどう克服するか」

  • 多くの課題を積み残したまま“視界不良”のスタートだ。
  • 来年には関空の2本目の滑走路も完成する。滑走路の数は3空港5本となり,成田,羽田両空港の首都圏に並ぶ。関東の半分しかない関西の人口や,経済規模から,供給過剰は明らかだ。
  • 神戸空港には1日27便が就航し,国内7都市と結ぶ。
  • 神戸市は空港の隣接地を航空会社や物流企業に売却し,約3000億円の建設費の大半を返済する計画だ。だが,まだ6億円弱しか売れていない。着陸料収入も想定の半分以下と見込まれる。
  • 経営難に陥ったとしても,それは神戸市の自己責任だ。
  • 複数の空港を持つ場合,欧米では都心に近い空港は近距離便に限定するのが一般的だ。関西3空港でも,利用者利便に配慮しつつ,国内遠距離便は関空中心に路線を振り分けるべきだろう。
  • 無理のない運航には,騒音問題のためにタブー視されてきた陸域飛行を検討する時期に来ているのではないか。
  • 伊丹も関空開港後は廃港するはずだった。廃港は無理としても,整備費の地元負担がない国際空港から国内空港に変える議論を本格化しなければならない。
(引用終了)

 当たり障りのない社説ですが,相変わらず東京の人間が書いたら関西への「愛」が感じられませんねえ。ま,内容は間違っていないだけに悔しさはないですが。

 僕も就職してから長らく神戸市民ではなかったので(実は今も違ったりする)本当に神戸空港ができるんかいな?と思っていた口なのですが,やっぱり開港するらしい。しかも明日(笑)。そういやあ新聞で特集やってたなあっていう程度の認知度でした。もちろん土建屋さんとかは儲かって嬉しいんでしょうけど,市は3000億円の建設費返済原資が6億円しか集まっていない現状をどう考えてるんでしょうか。あれほど皆で反対署名集めたのに,利権が絡むと人間だめですね。

 反対運動で思い出したけど,当時の運動の先頭を切っていたのが現長野県知事の田中康夫氏。文学に興味のある人でこそ処女作『なんとなくクリスタル』で彼のことを知っていたとはいえ,当時は田中氏が何者であるかなんてほとんどの人が知りませんでしたね。僕は阪神大震災の復旧ボランティアに走り回っておられた氏の姿を知っているし,『神戸震災日記』も読んだし,愛読雑誌『噂の眞相』でコラムを読んでいたので注目していましたけど。その田中氏でも,住民投票に法的効果はないという厚い壁には泣かされました(長野では法的効果のある権限を使ってダム計画を壊しました)。反対多数を押し切って無茶苦茶な計画を提出してまでこぎつけた明日の開港,田中氏の胸中はどのようなものでしょうか。

(Feb/15/06 東京新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【神戸空港 地元の期待は大きいが】

  • 「東京から一万円ちょっとの低料金。しかも市内まで新交通システムで二十分弱。今後,増便も国際便も期待できる。首都圏でなぜもっと高く評価してくれないのか」。神戸市の大手企業の幹部は知名度の低さに不満顔だ。
  • 年間旅客数は三百十九万人と広島や宮崎空港並みの規模を想定している。
  • 飛行機が発着する空港の運営時間は午前七時から午後十時まで。一日の最大便数は三十便。国際線は認めないなどの制限がある。
  • 気がかりなのは航空需要の先行きだ。二〇〇二年度の国内航空旅客数は九千六百万人を超えたが,〇四年度は九千三百七十四万人まで減り,〇五年度も減少が予想されている。「のぞみ」など新幹線の高速化の影響がでたためとの分析が有力だ。
  • さらに関西三空港には「二〇〇九年問題」が控えている。同年中に東京国際(羽田)空港の四本目の滑走路の供用開始や,成田国際空港の平行滑走路二千五百メートル化が予定されている。首都圏空港がさらに拡充強化されれば,国内外の航空会社の関西離れが進む恐れがある。
  • 地方空港で重要なことは収支状況の明確化だ。大半の地方自治体は個別空港の収支状況を明らかにしていない。住民の税金を投入する以上,経営状況を公開すべきである。
(引用終了)

 東京新聞は最後に大事な事実を書いています。「大半の地方自治体は個別空港の収支状況を明らかにしていない」らしい。無茶苦茶な計画が認められた理由,想定されていた失敗,実際の損失の規模,それらが一切明らかにされない。できれば民間の監査法人が監査するぐらいのことまで法律で明文化して,きっちりとした形で住民に提示するというような誠意が欲しいところです。ま,神戸市民でもない僕がいろいろ注文つけても仕方がないことですがね。

 今日のエントリはこれでおしまい。かなり消化不良ですが,今日はお釈迦様の涅槃の日。我が寺で盛大に涅槃会を催しました。その関係でかなりお疲れ。また次回からがんばります・・・。
posted by 時をかける僧侶 at 22:59| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

住民を守れず何が国益だ 尻尾ふりふりポチぞ悲しき

 勇気ある言論なのかトンデモなのか,おそらく後者であろうと思われる社説が読売から出ました。読んでいない人がほとんどでしょうから,全文を引用します。

(Feb/07/06 読売新聞社説より引用開始)
[岩国住民投票]「安全保障政策は対象にならない」

     国の安全保障にかかわる政策は住民投票にはなじまない。無用の混乱を招くだけだ。
     山口県岩国市の井原勝介市長が,米海兵隊岩国基地への米空母艦載機移駐計画に対する賛否を問う住民投票を3月に実施する意向を明らかにした。
     岩国基地は,沖縄の普天間飛行場と並ぶ米海兵隊の航空基地である。海上自衛隊も基地を共同使用している。
     日米両政府は昨年10月,市街地にある米海軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機57機を岩国基地に移駐することで合意した。その代わりに岩国基地配備の海自の自衛隊機を海自厚木基地へ移駐し,負担を軽減する。
     井原市長は,米空母艦載機の移駐に対し,一貫して「白紙撤回」を主張してきた。日米合意を前に,市民団体などが市民の半数を超す約6万人の反対署名を市長に提出したことが背景にある。
     疑問なのは,市長自らの発議で住民投票を実施する方針を表明したことだ。
     岩国市の住民投票条例には,市長自ら発議できるとの規定がある。だが,市議会の多数は,受け入れを前提に,国との対話路線に転換すべきだと主張し,住民投票に反対している。強引に住民投票を実施すれば,市政が混乱しかねない。
     住民投票は3月12日の見通しだ。その直後の20日に岩国市は周辺7町村と合併する。4月には新市長選が行われる。新たな市の一部住民の意思だけを聞く住民投票になる。周辺7町村の首長,議長がこの時期に岩国市が住民投票に踏み切ることに反発するのも無理はない。
     住民投票は,市町村合併など純粋に地域の問題であれば有効な手段だ。岩国市の住民投票条例も「市の権限に属さない事項」は投票の対象外としている。
     市長は,住民投票をするのは米空母艦載機の岩国移駐案について国が意見を求めてきており,住民の意思を確認する必要があるからだと言う。
     しかし,在日米軍再編は国の安全保障の問題だ。岩国移駐案は,「市の権限」外であり,住民投票の対象にならないと考えるのが筋だろう。
     住民投票の結果に法的拘束力はない。だが,基地を抱える他の自治体に影響し,政府の在日米軍再編に関する調整作業が停滞することになりかねない。
     沖縄県名護市でも1997年12月,普天間飛行場返還の代替施設建設受け入れの是非をめぐり住民投票が行われた。反対が過半数を占めたが市長は受け入れを決定し,辞任した。その混乱が,普天間移設問題の長い迷走につながった。
     同じ轍(てつ)を踏んではならない。
(引用終了)

 市町村合併の前に実施する住民投票はどこまで効果があるのか,という問題については読売の言い分にも一理はあると思いますが,国が決めた事に市の分際で口出しするなという論調には「現時点では」到底賛成できません。もちろん「現時点」の問題点が解決されるのであれば,然るべきポストの人間が,日本の国益に照らして必要な基地であるということを市民を説得させることができれば,かまわないことだとは思います。

「現時点」での問題点について詳細を記す必要はないでしょう。幾度となく引き起こされた沖縄での痛ましい事件,去年の横須賀の女性殺害事件などなど,いずれも住民が犠牲になっていながら抜本的な問題解決がなされていません。もちろん米兵も人間ですから悪い事もするでしょう。それが悪いのではなくて,悪い事をした人間にふさわしい懲罰をかけることができない(日本が自主的にという意味)のが問題なのです。全くこの問題は解決していません。だから「現時点」では読売の社説には賛成できないのです。

 読売は小泉礼讃という使命を授かっている手前,立場的に国の施策を批判するわけにはいきません。だからすんなり進まない日米再軍備問題の不満のはけ口として住民投票を敵視するのでしょう。読売のそういう底の浅さは毎度のことだから笑って済ませられますが,国の安全保障問題なんだから住民の意見すら聴く必要はないというのはいかがなものでしょうか。それなりに理屈を通して社説を組み立てたようですが,これに「愛」を感じられますか?

 沖縄で住民投票したら反対だった
→それでも受け入れたから普天間移設問題が迷走している
→だから住民投票が悪なのだ
→そもそも「市の権限」外の話に住民投票は不必要だ
 という理屈。

 国民(市民)を守るのが「国益」だと思うんだけどなあ。北朝鮮・韓国・中国には文句言うくせに,アメリカに無茶苦茶に人権踏みにじられても文句言わないのが「国益」だと勘違いしていない?こそこそと東京で社説書いてないで現地の住民に「愛」を差し伸べなさいよ。



(追記)
 小泉批判の急先鋒,天木直人氏もこの問題にNOを突きつけております。興味のある方はご覧ください。
サイト

 さらに追記。
 未だにこんなニューズが出るんだよ。何が国益かしっかり考えなよ。

(Feb/09/06 琉球新報より引用開始)
【犯行米兵,なぜ帰国 タクシー強盗】
 北谷町のキャンプ瑞慶覧内で発生したタクシー強盗事件で,書類送検された2米兵のほかに3人目の容疑者がいることを公表せず,容疑者が帰国していた問題で,関係自治体や平和団体からは「許し難い行為だ」と米軍を糾弾する声が上がっている。事件発生から7日で1カ月。識者は「日本側が主体的に捜査できる仕組みが必要」と地位協定改定の必要性を指摘している。一方,県警は3人目の容疑者の身柄確保を米軍に要請するか検討している段階で,事情聴取の見通しも立っていない。外務省沖縄事務所は米軍に帰国理由を照会しているが,経緯は明らかになっていない。今後の米軍の対応が焦点となっている。
 3人目の容疑者がおり,事件後に帰国していた問題で,関係自治体や平和団体からは一斉に反発する声が上がった。
 野国昌春北谷町長は「基地内の犯行でありながら1人逃げていることには驚きだ。米軍の捜査に疑問を感じる。日米地位協定の限界を表している。凶悪犯として身柄を引き渡し,日本の警察が取り調べるべきだ」と話した。
 伊波洋一宜野湾市長は「被疑者が米軍の基地の壁によって守られ,逃走することはこれまで何度もあった。また起こったことを遺憾に思う。日米地位協定の抜本的見直しを視野に入れ,県警が基地内の犯罪をきちんと捜査できる環境をつくるべきだ」と地位協定の見直しの必要性を指摘した。
 新垣邦男北中城村長は「3人目の共犯がいて,既に帰国していたとは驚いた。あきれるというか,とんでもないこと。米軍側に緊張感がない証拠だ」と強調。「住民に対する米軍の事件事故が多すぎ,不安感を持っている。地位協定の改正がないと,事件事故は減らない。基地を抱える村長として日本政府に強く働き掛けたい」と話した。
(引用終了)
posted by 時をかける僧侶 at 19:28| 兵庫 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

天皇制めぐる話は聞き飽きた 当事者抜きで何がしたいの?

 皇室を巡るゴタゴタが注目され始めました。あちこちのブログで盛んに採り上げられているテーマなので,僕もついつい読み込んでしまっています。本来は天皇家のお家事情の話ですから,僕ごときがどうこう言う話ではないのでスルーするつもりだったのですが,朝日のおバカな社説が出たので,これを機会にちょっぴり語っておこうと思います。
 
 で,まずは朝日の社説を。

(Feb/02/06 朝日新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【寛仁さま 発言はもう控えては】

  • 皇位継承のあり方をめぐり,寛仁(ともひと)さまの発言が相次いでいる。
  • 神武天皇から連綿と男系が続いているからこそ皇統は貴重なのだ。戦後に皇籍を離れた元皇族を復帰させるなどして男系維持を図るべきだ。いずれもそうした趣旨の発言である。
  • 皇位継承は天皇制の根幹にかかわる問題だ。国民の間で大いに論議しなければならない。
  • 皇族にも様々な思いはあるだろう。自らにかかわることだけに当然だ。だが,それを外に向かって発言するとなると,どうか。改めて考える必要がある。
  • 今回の一連の寛仁さまの発言は,皇族として守るべき一線を超えているように思う。寛仁さまはインタビューで「皇族は政治にタッチしないという大原則があります」と述べている。その大原則に反するのではないかと考えるからだ。
  • 寛仁さまは皇位継承については「政治を超えた問題だ」と述べている。しかし,天皇制をどのようなかたちで続けるかは国の基本にかかわることで,政治とは切り離せない。
  • 天皇は日本国民統合の象徴だ。国民の意見が分かれている問題では,一方にくみする発言は控えた方がいい。これは皇族も同じである。
  • 寛仁さまひとりが発言を続ければ,それが皇室の総意と誤解されかねない。そろそろ発言を控えてはいかがだろうか。
(引用終了)

 これにキレたのが産経。今日の社説。
 
(Feb/03/06 産経新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【朝日社説 「言論封じ」こそ控えては】

  • 寛仁さまが皇位継承について発言されていることに対し,朝日新聞は「発言はもう控えては」という社説を掲載した。違和感を覚える社説だ。
  • 寛仁さまは,皇位が男系で維持されてきたことを強調し,政府の「皇室典範に関する有識者会議」が一年足らずの議論で女系容認の結論を出したことを「拙速」と批判されている。
  • 寛仁さまの発言を批判することは言論の自由の範囲内であるが,その発言を封じようとする社説は,言論・報道機関として,守るべき一線を越えているように思われる。
  • もし,朝日の言論が封殺されるような事態が起きれば,言論の自由を守る立場から,産経は朝日を徹底して擁護するだろう。現に過去に起きた朝日へのテロ行為に対しても,この立場を貫いてきた。
  • 寛仁さまが言わんとしていることは,安易に女系を認める前に,いろいろな選択肢があり,あらゆる手を尽くすべきだという趣旨だ。それでも男系維持が難しければ「女帝・女系の議論に入っていけばいい」「最終的には皆さんのご判断を待つ」(雑誌『正論』三月号)とも言っている。
  • 皇位継承問題は,寛仁さまが指摘するように,政治を超えた日本の歴史と伝統文化の問題である。結論を急ぐべきではない。
(引用終了)
 
 僕の立場は産経支持です。反朝日と言った方がいいか。もともと僕は朝日の言論には「愛」を感じないので,無視すれば足りていたのですが,あまりにも酷いので引用しちゃいました。朝日の社説に違和感を感じた点をつらつら書いていきますと,

  1. 朝日は,皇族が自らの家庭問題に口を出すことすら「政治」問題だとしている。
  2. 「皇族として守るべき一線」の意味がわからない。
  3. 「天皇制の制度は政治とは切り離せない」と考えるのは,間違いを認められない心底からの左翼の人たちだけ。
  4. 「一方にくみする発言は控えた方がいい」って,寛仁さまは当事者だぞ。中立な発言を期待する方がおかしい。

 僕は以前から,天皇家のことは天皇家で話しあって決めてください,その後で立法手続(事務的なもの)をとったらよろしい,という考えです。門外漢が,ましてや権力の中枢にいる人間が口を出すことは歴史の反省からも控えた方がいいと思っています。天皇が日本の「象徴」となっているのは憲法上のことですが,憲法云々の前に「人間」なんですから,家族のことは家族で決めるのが当然でしょう?っていう思想です。当事者が口出しもできないような法案を立法府が勝手に決めたとして,従わなきゃいけないの?っていう考えです。

 この思想に立脚すれば上記のような違和感が浮かび上がるということです。
 特に2の「皇族として守るべき一線」って何?朝日が勝手に決めた一線なんて全く何の意味もない。日ごろから人権,人権と騒ぐくせに,なぜ皇族の人権を踏みにじるのだ?一般市民になった方達の言論統制をするっていうのは,産経じゃなくても誰もがけしからんと思うでしょう。大いなる矛盾。非常に気持ち悪いです。

 3にも補足説明が必要かな。
 天皇はそもそも「法の下の平等」の例外的存在。「法」で決められた「平等」とは何の縁もない。「法」を作って決めて施行するのが政治であるので,原則として天皇制は政治と切り離して考えるべき。朝日などの「過去の自らの間違いを認められない」言論人は,「法の下の」という部分を意図的に外して「平等」だけを叫ぶ傾向があり,それに追従する心底からの左翼たち(自分自身を省みれない人たち)の一団が加わって大合唱になって,日本人の半分が間違うことになっています。過去の日教組の教育の結果を見ればその惨状は明らかなわけですが,それでも「天皇制は政治とは切り離せない」と考える人はやっぱりまだ多い。
 
 そして悲しいというより憎むべきは,このような風潮を利用して小泉首相が皇室典範の改悪を強力に進めている事です。森前首相は反対派の集会に参加した森派の代議士を叱り飛ばし,首相は党議拘束をかけると息巻いています。あわれ,官房長官なんかにならされてしまった安倍長官も,これまでの反対姿勢を殺して賛成に転じました。こりゃあ次期首相になんか推せないぞ(笑)。

 天皇のお家問題は当事者の皇族同士で話し合って決めたらいいでしょ?祭事を○○宮さまに任していいんだろうかとか,多いに話あって結論を出して,立法府が事務的に法律を作ればいいんじゃないの?伝統を重んじる天皇家が男系を外すようなことはしないって。もっと信用してあげようよ。
posted by 時をかける僧侶 at 18:23| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

産経よしっかりせんかい国民を ミスリードして利するはどこぞ

 今日は久しぶりに産経批判。

(Jan/06/06 産経新聞社説より引用者による要点箇条書きにて引用開始)
【露のG8議長 異質な国に任せられるか】

  • ロシアが今年から主要八カ国(G8)首脳会議の議長国になった。
  • プーチン政権の強権的な統治手法に対し,議長国としてはもとより,G8の成員としても民主主義国にふさわしい資格があるのか,国際的な懸念と疑義を招いている。
  • 世界を騒がせたロシアのウクライナに対する天然ガス供給の一時停止問題は,両国が新たな売買価格で合意し,ひとまず決着した。
  • 旧ソ連の中で親露の白ロシアなどへの優遇措置は変えず,親欧米を鮮明にしたウクライナやモルドバにだけ一方的に価格をつり上げるやり方は「政治的懲罰」の謗(そし)りを免れまい。
  • 今夏のサミットでプーチン大統領は快調な石油・天然ガス輸出を武器に「エネルギー安全保障」を主要テーマに据え,ソ連時代の軍事超大国から「エネルギー超大国」への存在感を誇示したい思惑だ。
  • 今回の騒動はクレムリン自らが,信頼に足るエネルギーの安定的供給者とはなりえない現実を世界にさらした感がある。
  • 昨年末,経済担当大統領顧問を突然辞任したイラリオノフ氏は「ロシアにはもはや政治的自由も,経済的自由もない」と切り捨てた。
  • プーチン政権はスターリン時代以来という「国家総動員」令下で次々とソ連流の強権措置を発動してきた。言論統制強化,地方の首長の中央任命制度導入,石油大手「ユコス」解体,内外の非政府組織(NGO)活動制限…。
  • サミットで日米欧はロシア流統治が結果的にはCIS(独立国家共同体)をも「嫌露」に回して孤立する危険性を悟らせ,結束して「ロシアの民主化促進」の包囲網を強めるべきだ。
(引用終了)
 
 産経がことさらロシアに噛みつかないといけない理由がわかりません。そもそも,メルマガ「ロシア政治経済ジャーナル」の1/6記事(→該当記事)でウクライナへの天然ガス供給問題の詳細を知ることができた僕にとっては,間違った事実に基づいてトンチンカンな社説を出した産経の方がタチが悪いんじゃないかと思います。仲良くしようという国を優遇するのはいけないことなのか?欧米と仲良くすることを選んだ国への優遇を打ち切るのがいけないことなのか?そもろもウクライナへの天然ガス供給価格はヨーロッパと同じ水準に戻しただけであって,「懲罰」と言われるようなプレミアムを乗っけたわけではありません。産経ともあろう大新聞がこの事実を知らないわけがない。要するにそのような重要情報を国民に知らせないままこんな社説を載せれば,読者の100人のうち99人が「ロシアってのは酷い国だ」と思うでしょう。

 確かにロシアという国は僕も好きではありません。日ソ不可侵条約を破棄して満州に攻め入って樺太や北方領土を分捕るような民族ですから(あれはソビエト時代の話だと言われりゃそれまでですが)。僕が好きなのは日本という国であり,日本が好きだからこそ,理屈の通らない言論(もしくは意図的に国民を間違った方向に誘導しようとする言論)に対して批判してきたわけです。キライだったら無視すりゃあいいので,僕はこれまでロシアについていろいろ語ったことはありませんでした。今回とりあげたのは産経の態度があまりにも幼稚だったので放置しておけない,こんなことでは二流メディアから抜け出せないぞと感じたからです。

 それはともかく,僕には産経の気持ちはよくわかります。要するに産経としては,日本はアメリカと同盟を結んでいるんだから敵国ロシアのやること為すことは全て悪であり,アメリカ様を讚えるために率先してロシア批判をさせていただいているということでしょう。僕からみれば,学会批判を封じたり政界疑獄に繋がるような事件を隠ぺいするなど言論統制を強化したり,金融大手の郵政公社を解体したりしているどこかの国のことには目をつぶっているくせに,わざわざ国民にウソをついてまで他国の批判なんてしなくてもいいのにと思ってしまうわけですが。

 もっと踏み込んで言うと,産経には「愛」がない。判断基準は日米同盟にとってプラスかマイナスか。いや,アメリカ様にとってプラスかマイナスかという基準しかない。そこには日本国民の安全を守るとか資産を守るという視点,つまり「愛」がない。もちろん相手が北朝鮮とか中国といった同じ黄色人種に向かっては勇ましく立派なことを言ってきていますが,相手が欧米の白色人種だったら,相手の非すら批判せずに見事に論点をすり替えて国民を欺こうとする。国民への一貫した「愛」がない。あるのは隠そうともしない白人コンプレックスだけ。

 一通り書きたいことは書きました。でも誤解していただきたくないのは,僕は産経が好きだからこうやって批判しているんだということ。僕なりの「愛」の表現がメディアへの批判なのです。前述したように,どうでもいい嫌いなメディアなら無視すればいいんです。朝日の社説をまともに評論する気なんかないわけで,国民をしっかりとリードしてくれる良質な言論を期待するからこそ,この社説のような愚かな主張は放っておけないということです。

 蛇足ですが,無視を通り越して怒りを覚えるメディアがあります。読売です。アメリカ牛肉の輸入再開をしないのは国際ルール違反だとかなんだとか繰り返し社説を載せているからです。僕の読売への批判は,産経に対する「愛」と同じではなくて,「滅」です。こんな三流新聞が日本で一番売れているっていう事実だけでも末期的ですけど・・・。
posted by 時をかける僧侶 at 00:00| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社説批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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