2006年07月03日

夢を語って前向きになろう

 前回エントリで激しい事を書きすぎたので,今日はおとなしくします。ゆるい話題ですが,ちょっとした夢を語ります。

 今年の夏に本山でスクーリングを受けて仏大を無事に卒業できれば,12月に知恩院で最後の行を受ける事になります。これでようやく一人前の坊主になるわけですが,そのあとの目標というか将来の展望を描いてみたいと思います。そんな個人的な事を公開すなよという意見の方がいらっしゃれば,どうぞこのエントリはパスしてください。ま,外野の目は気にせずにつらつら書いてみよう。

 寺の規模としては1人では過労だが2人ではやや少ない,というちょうど良い具合ですので,今のうちにやっておきたいことにどんどん手を付けていこうと思っています。例えば,地区の教育。

 どういうことかと言うと,学校教育はしがらみだらけで崩壊寸前(すでにしている?)ですから,それを補う,というより最終的にはメインの座を奪えるぐらいの勢いで「寺子屋」を始めたいなあと。と言ってもあんまり大きな事をやれるスキルも体力もないので,檀信徒の子息・孫の数人を相手に,学校では学ばないが人生の中で大事な事について語る場を持ちたいと思っています。

 もちろん一方的に教えるだけじゃなくて,生徒達にはどんどん意見を言ってもらいます。学年や年齢に応じたレベルで,実りのある議論ができる水準を目指して,口を開かせていきます。わからないことがあればすぐに教えるのではなく,自分たちでまず調べさせます。こんな観点で調べれれば立派なもんでしょう。

  1. Why(それについてなぜ知りたいのか?目的意識の確認)
  2. What(それを知るために何を知っておくべきか?)
  3. When(いつ調べに行くのか?)
  4. Where(どこに行けば分かるのか?)
  5. Who(誰が行くのか,もしくは誰に聞けばいいのか?)
  6. How(どの程度まで調べるのか?)

 無理やり5W1Hの形にしましたが,3〜6はいわゆる段取り力,文脈力(齋藤孝博士)を育てるには書かせないポイントです。わからない問題は解答を見て答えを覚えろというのが最近の教育ですが,これじゃあ大人になっても自分の頭で考える事ができるようになるわけがありません。また,やみくもに調べようとしても何を参照すればわかるのか,という問題は日ごろからそのようなレファレンス本に接していないとピンとも思いつくものではありません。調べようにも何をどうしていいのかわからなければ余計な時間やコストがかかるだけ。若いうちからの訓練が必要です。

 ここまでの作業は別に学校の成績はあまり関係ないでしょう。○×クイズの学校の試験では測れないようなレベルの話をしますからね。学校が面白くない子供たちが積極的に寺に集まってくれるようになれば,これからの宗教も変わっていくと思います。葬式仏教と揶揄されるだけのお寺にはなりたくないもんです。

 この他にも,子供だけを相手にするのではなく,主婦やらお年寄りをお寺に呼んで,逆にこっちにいろいろと教えてもらう機会をもちたいと思います。どんな宗教にも当てはまる事かも知れませんが,一人で問題を抱え込まずに,いろいろ人に相談してみて違った角度からの意見をもらうことで解決の糸口が見えてくるかもしれません。なんらかの形でお寺が昨日提供できれば非常に素晴らしい事だと思います。

 他にもやりたい事はたくさんあります。一度このブログでも書きましたが,個人的に今は英語の勉強に力を入れています。将来は海外に進出する事も考えていますので・・・なんてね。夢ってことで^^

 日本がこんな状況ですからねえ。一旦他国に亡命して,頃合いを見計らって本当の日本人としてもう一度日本再建の一翼を担うべく戻ってこれればいいなあと思っています。そのためには英語が必要だね・・・ってえらく短絡的なんですけどね。

 夢の話をすると前向きなパワーが湧いてきますね。悪いニューズに悲観的にならずに,我が往く道を貫いていきたいものです。
posted by 時をかける僧侶 at 22:30| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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